読んだり書いたり

読んだり書いたり

ライター白山羊ひつじのよしなしごと

2018.10.1mon~10.14sun

10月1日(月)
 台風だった。


10月2日(火)
 取材へ。超成功した人にインタビューに行く。
 余談で「欲望なるものがいかに人間の推進力となるか」という話を聞く。確かに。欲望は他人に知れると気恥ずかしいものである。そして恥ずかしいほど強い推進力になってくれる。

 例えば私は1千万くらいするカルティエのダイヤ付きトリニティブレスレットが欲しい。なんらか大きな社会貢献をした暁に国からもらったりしたい。というのは親類に買ってもらうと自分の財産も削れる感があって嫌という通俗的な理由と、あと他人からこの価格のプレゼントをもらって気兼ねなく受け取れる理由が私には思いつかないという事。なので結局公からもらいたいという話になる。何故これがいいかと言えば、私は三位一体(トリニティ)というものが好きでその象徴であるからということ。更には、カルティエのダイヤモンド細工の精度が素晴らしく、三連ブレスという状態で常に装飾同士が擦れ合っても傷にならない仕上がりだから。その品質の高さを所有して眺めたいという欲望がある。
 しかしこれまだ、ある種の人に話しやすい欲望である。ただ私のようなあらゆる意味で貧乏くさい人物が「カルティエが欲しい」と口に出すのは、その釣り合いの取れなさゆえに全くお洒落ではない事だとは思う。こういうのはハンナ・アーレントみたいな女とか、輝かしい業績の女性に似合う話題だろうと思う。

 さて、で、遠回りしたが、醜い恥ずかしい欲望の方。
 
 私は、三連リングが好きである。指輪もブレスレットも三連に心惹かれる。で、そんなときに私は、「カルティエの三連リングがいい」と思ってしまう。何故か。それはカルティエだからである。その価値──いや、ぶっちゃけよう、その価格を、わかる人が多いカルティエだからである。
 なんならもっと露骨にLOVEシリーズでも望ましい。
 時々、もしそういうアピールを持っていたら、色々と楽なのではないか、と考えてしまう事がある。マウンティングされるといった、日常の余計な雑音を振り払ったり忘れたりする事が出来るのではないか。
 私の日常は幸いにして結構満たされているのだけど、他人から見たらそうは思えないものでもある。子供がいなくてカワイソーとか、不美人でカワイソーとか、モテなさそうでカワイソーとか、千葉のねずみの遊園地に行かなくてつまんなそうな人生でカワイソー、とか、他人から見て色々と可哀想がるポイントが多いのも私である。こういう事を可哀想がる人に、「私幸せにやってます。好かれたい人に好かれてるし、関わりたくない人と関わらないで済んでるし、やりたい事やれてる」と話してもまず通じない。価値観が違い過ぎるから。
 そんなときにカルティエ様のLOVEって彫ってあるやつですよ。
 買ってもらっちゃった、あなたも買ってもらえば? これで終わり。時短達成。
 これでカルティエは普通、という人々の間だとまた話は違うのだろうけど、私の生息域の困る人達はカルティエが非日常なので、使える。

 要は「身の丈に合ってない、だからこそそれを手に入れたら自分も身の丈が増えそう」みたいな他力本願アイテムへの欲望。まあその欲望が達成されるときには、身の丈も合っているものだろうけど。そういう意味では、身の程知らずなものを欲する、そして欲するから頑張る、というのはやっぱり王道なのかも知れない。さすが成功者の言葉は違う。

 ただ気になるのは、その欲望を達成した方々の顔つきを見ていると、なんとなく業も積んでる感じがするところ。有体に言えば政治家的悪相に変貌する人も目に付くという事。そこまで行かないにしても、「高徳の僧侶の様に清らか」とか「法王様のようなお顔」という成功者はあんまり見ない。大金を稼いでなおかつ清らかでいるというのは、どうすれば達成出来るんだろうね。清らかな成功者ってどこにいるんだろう。そういう人に会って話を聞いてみたい。

 まあ清らかな人は、儲かるとそのまま寄付しちゃうのかも知れませんね。清流の流れは速し。金も手元から素早く流していく事で清さを保てるのかも知れない。


10月3日(水)
 原稿した。上手く書けなくて困り果てる。


10月4日(木)
 原稿した。ダンスのレッスンもカポエイラのレッスンも休む。原稿が仕上がらない。


10月5日(金)
 いくらなんでも書き上がってるだろ、普段なら半日で仕上げる内容の原稿だよ、と、思っているけど上がらないものは上がらない。市民講座も休む。書き上げてもいいのかなんなのか確信が持てず、夫に見てもらう。ダメ出しを受け大幅に書き直す。
 こんなポンコツと化した私の代わりに夫が家事をしてくれる。ありがたすぎる。
 夜間になんとか仕上がる。


10月6日(土)
 入稿。疲労で倒れる。


10月7日(日)
 まさかの原稿手間取りで知らない内に10月が一週間も過ぎていた。
 気力回復して図書館に行く。ベンヤミンのパサージュ論やらを借りて来る。


10月8日(月・祝)
 パサージュ論をちらちら読んで徐々にベンヤミンワールドなるものがおぼろげに見えて来る。彼は何をした人だったのか。何を考えて何を書いた人だったのか。全くわからんところから、少しわかるようになって来た気がする。


10月9日(火)
 ディドロ『修道女』を読む。面白い。語り手のシュザンナの脳内イメージは、もう少し後の時代のマリー・テレーズ・マルタンリジューのテレジア)だったけど、これはそれと違うようだ。


10月10日(水)
 『ねほりんぱほりん』3シーズンの第一回「マッチングアプリにはまる人」を観る。
 現代の恋人探しや結婚相手探しはマッチングアプリに履歴書を登録して行うのか。これは美男美女&金持ちの独壇場ではないだろうか。
 恋愛も結婚も格差社会だね。これ、一般教養に乏しくかつ経済力の貧しい層の人ほどアンマッチで離婚を繰り返す事になる気がする。
 一般教養の方があれば、まだ円満家庭を継続する可能性は高いのだけど(そして経済力が高くて一般教養に乏しいとやっぱり力任せに離婚する。でも経済力あって死なないからまだよい)。かといって一般教養も万能ではないし、離婚には様々な事情もあろうから一様には言えないわけだが。
 この問題気になってならないのが、離婚すると現代日本では女性の人生がとにかく苦しくなりやすい事。男性側の事はほぼ聞かないのだけど、浮気して離婚した男性が浮気相手と再婚するという話はあまり聞かない。浮気相手と別れて一人で暮らしているという話をよく聞く(本当かどうかはわからないけど)。男性も、離婚してもそうそう幸せを掴んでいないようだし。
 法的家族になって助け合う事すら困難な社会。ほんともうどうせいというのか。国民の生活にも幸せにも何の責任も持ってないよな、この国。


10月11日(木)
 ベンヤミン講座第2回。少しはベンヤミンの思想に触れられたと思ったけど、受講したら難易度が高くてまた振り切られる。ただ、後で思い出してみたら、この「手が届かないよー!」という難易度は、実はとてもいいのではないか。受講して「ついていける」と感じたら、多分もうそれ以上勉強しませんもの。
 しかし当日、私はベンヤミンショックを受けた失意のまま2週間ぶりのカポエイラレッスンに行き、自宅練習をさぼっていたがためにまったく体が動かなくなっていて先生を失望させてしまうのだった。泣きっ面に蜂。あっちでもこっちでも私はだめ感が。後でフレンチとケイシャーダやったら、さすがにそれはかつての練習貯金が生きていて、少しだけ助かった。退行したり忘れてしまったりはしていなかった。もっと日々の練習頑張らねば。どこで練習貯金が成果に繋がるかわからないものだ。


10月12日(金)
 頭木弘樹『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決』 (草思社文庫) でゲーテのお勉強。次回のベンヤミン講座は論文「ゲーテの親和力」が題材で、そのためにゲーテの小説『親和力』を読んで臨むこと推奨なのだ。
 『親和力』ってゲーテの書いた小説の事だったのか、と、驚いた顔をしたのが私のレベルであります。しかも分厚い……。泣けて来る。
 ゲーテという男はともかく偉大な存在である。文学者であり思想家であり、恋多き男であり、政治家であり……ダンスは踊るわ詩は書くわイケメンだわ、何か欠点はないのかと意地悪な目線を向けたくなるような人物である。故に私は興味がなかった。
 しかしこのゲーテ。やはり只者ではない。ものすごい愛されキャラなんだよね。こんなにすごいのに。そこがまた器用で憎たらしい、かと思いきや、振り切ってる。「ゲーテおじさんなら仕方ないよ」と思ってしまうんだよ。何故そう思うのかは前述の「絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決」を読むよろし。

 

文庫 絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決 (草思社文庫) フランツ カフカ 

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10月13日(土)
 夫の出る武道の演舞大会を観に行った。
 夫の出番には間に合わなかったが、楽しかった。ちょっと競技ダンスの競技会みたいだと感想したら「たぶん似てるよ」と夫が言う。1分程度の競技で審判に点数を付けられて勝敗が決まるらしい。
 夜はカポエイラレッスン。私は組手のジョーゴが苦手なのだ。下手糞なのでどうしていいかわからないから、相手にも困った顔をされてしまう。うーん、どうしたらいいのか。と、YouTubeをあさっていたら、ゆっくり動くジョーゴを見つける。これこの流派がスローペースと言う可能性もあるが、確かに私が速いスピードで動こうとするのは無茶だ。スピードを落とそう、と、気付く。多分少し上手くいくようになった。やっぱり練習あるのみだね。床を這う動きが全部難しい。


10月14日(日)
 一日中寝た。『修道女』をゆるゆる読み進める。いやそろそろ『親和力』を読み始めないと……。安部公房読書会も近付いて来たし、課題本が積まれるばかりで焦る。